2008年02月19日
テニスの王子様が実在した!
男子テニスのデルレービーチ国際選手権が米フロリダ州デルレービーチでシングルス決勝が17日に行われ、ノーシードの錦織(にしこり)圭が第1シードのジェームズ・ブレーク(米国)に3―6、6―1、6―4の逆転勝利し、日本選手としては1992年の松岡修造が韓国オープンを制して以来16年ぶりとなるATPツアー大会優勝を成し遂げました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080219-00000106-sph-spo
まさに「テニスの王子様」の誕生です!
錦織(にしこり)選手は現在18歳で、世界ランク244位。
対戦相手のジェームズ・ブレーク(米国)は世界ランク12位。
ツアー大会出場もまだわずか6戦目で、予選から勝ち上がってきてこの日は8試合目で迎えた決勝戦でした。
第1セットを落とした時にはもう誰もがまさか勝てるとは思わなかったでしょう。
ところが彼はやってくれました!
第2セットからコート深くに打ち込むストロークが決まって5−0と一方的な展開になり、その勢いのまま第3セットもサービスゲームを2度破って勝利をつかみました。
「ニッポン、ニッポン」の大声援コールを受けて、念願の初優勝をつかんだ錦織選手は「信じられない。最高の大会になった」と感激していました。
男の子の母として気になるのが錦織選手がどのような環境で育ったのかということです。
テニスを始めたのがなんと5歳で、小学生のころは2001年の全国小学生選手権など数々のジュニア大会で優勝したそうです。
五輪日本代表の竹内映二監督は、「ネットプレーやスライスなど、子供のころから多彩で奇想天外なプレーをしていて驚いた」と才能を評価しています。
またサッカーやピアノなど、子供の時はテニスだけじゃなくていろんな習い事をしていたそうで(なんだ、結局家庭はお金持ちなんですね)、その中でも特にテニスが大好きだったそうです。
そして13歳の時、日本テニス協会の盛田正明会長が設立したテニスファンドの援助で、シャラポワら有名選手を輩出した米国の名門テニスアカデミーに留学したのです。
英語を話すこと、しっかりした自己主張することを求められる厳しい環境に、もの静かだった錦織少年は最初はホームシックにかかりましたが、世界中から集まった逸材の中で才能は開いていきました。
錦織選手が目標とする世界ランク1位のフェデラー(スイス)の練習相手に指名されたこともあるそうです。
今回の優勝で、世界ランクは131位にアップ!3か月後の全仏オープンも楽しみですね!
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080219-00000106-sph-spo
まさに「テニスの王子様」の誕生です!
錦織(にしこり)選手は現在18歳で、世界ランク244位。
対戦相手のジェームズ・ブレーク(米国)は世界ランク12位。
ツアー大会出場もまだわずか6戦目で、予選から勝ち上がってきてこの日は8試合目で迎えた決勝戦でした。
第1セットを落とした時にはもう誰もがまさか勝てるとは思わなかったでしょう。
ところが彼はやってくれました!
第2セットからコート深くに打ち込むストロークが決まって5−0と一方的な展開になり、その勢いのまま第3セットもサービスゲームを2度破って勝利をつかみました。
「ニッポン、ニッポン」の大声援コールを受けて、念願の初優勝をつかんだ錦織選手は「信じられない。最高の大会になった」と感激していました。
男の子の母として気になるのが錦織選手がどのような環境で育ったのかということです。
テニスを始めたのがなんと5歳で、小学生のころは2001年の全国小学生選手権など数々のジュニア大会で優勝したそうです。
五輪日本代表の竹内映二監督は、「ネットプレーやスライスなど、子供のころから多彩で奇想天外なプレーをしていて驚いた」と才能を評価しています。
またサッカーやピアノなど、子供の時はテニスだけじゃなくていろんな習い事をしていたそうで(なんだ、結局家庭はお金持ちなんですね)、その中でも特にテニスが大好きだったそうです。
そして13歳の時、日本テニス協会の盛田正明会長が設立したテニスファンドの援助で、シャラポワら有名選手を輩出した米国の名門テニスアカデミーに留学したのです。
英語を話すこと、しっかりした自己主張することを求められる厳しい環境に、もの静かだった錦織少年は最初はホームシックにかかりましたが、世界中から集まった逸材の中で才能は開いていきました。
錦織選手が目標とする世界ランク1位のフェデラー(スイス)の練習相手に指名されたこともあるそうです。
今回の優勝で、世界ランクは131位にアップ!3か月後の全仏オープンも楽しみですね!
dokiwaku_mama at 09:16
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